今回の毒づきのきっかけは、クロッシング フィンガーズ「机上のウェブアクセシビリティ」に対して。
私自身は、Webアクセシビリティが「高齢者」「障碍者」と結びつけられがちなことにイライラ感を覚えているのですよ。というより、ぶっちゃ桁話、「アレルギー」を覚えているわけです。こういうのにアレルギーを覚えているとかって書くと、ある種の人々を刺激しちゃうけどもね。
別に、アクセシビリティの問題は「高齢者」「障碍者」だけが抱えているわけでなくて、「Webを使う人全て」が抱えうることなのだ。
今回の石田氏のトピックで「高齢者」「障碍者」に接していないことを理由に「机上の」という言葉を使ったとするならば非常に残念なことだ。別に、「高齢者」「障碍者」に接していなくても、日々Webサイトを見るときに、「読みづらいんだよね」とか感じることはできるし、その体験を元にアクセシビリティを語ろうとするのは間違いなのか?

コメント (7)
間違いではありませんよ。体験をもとに作成する事は重要だとおもいます。ただ、ユーザーとの合意形成のプロセスを踏もうとしない人々に問題があると僕たちは主張しているんです。
投稿者: ひかわ | 2005年02月00日 09:43
日時: 2005年02月00日 09:43
ウェブのアクセシビリティだけでなくて、もの一般のユーザビリティとかを考えたときに重要なのは、高齢者や障碍者"にも"やさしいことだと、私は考えてます。極端な話をしてしまえば、弱視の人向けに、フォントサイズが非常に大きいページは、弱視でない人には読みにくいページだと思います。まずは、普通に読みやすいページを作っていくことが大切で、そこから、拡大鏡などのソフトを使っても読みやすいものを作るのだと思います。
そして、特別なソフトのユーザビリティと、ページのアクセシビリティは切り離して考えないといけないのだと思います。
投稿者: shaga | 2005年02月00日 12:48
日時: 2005年02月00日 12:48
作り手が作りたいものを作る。その自由はいつでも確保されるべきだと思います。その大前提のもとで作り手が任意でユーザーと対話し合意しながら、作り手の目的に沿ったサイトが構築されるべきだと考えます。
だから、フォント拡大によるアクセシビリティを確保したいという目的を持ちそういうコミュニティを作成したいという作り手のサイトでは、フォント拡大を大前提とするのもありだと思いますよ。
つまり、サイトデザイン(コンフォート)はそれぞれのサイトによって派生するコミュニティによって最適化されるべきだと言っても良いと所感しています。
投稿者: ひかわ | 2005年02月00日 22:43
日時: 2005年02月00日 22:43
つっこみどうもです。
FUMINGさんのイライラもわかりますし、shagaさんの例もごもっともです。
>日々Webサイトを見るときに、「読みづらいんだよね」とか感じることはできるし、その体験を元にアクセシビリティを語ろうとするのは間違いなのか?
全然間違いではないです。
そういう体験もなしに、ただ、本当に机上の空論だけで空回りしている例が結構あって、それを言いたかったまでで。
投稿者: 石田優子 | 2005年02月01日 10:40
日時: 2005年02月01日 10:40
うーん、言葉がまだ足らない気がします。
言葉って、もどかしいときがありますね。
気が向いたらクロッシングフィンガーズのブログにも書き込みくださいね。
繰り返し書いていますが、反論、異論、疑問を私たちは常に歓迎しています。
それがなくしては、発展もありませんから。
投稿者: 石田優子 | 2005年02月01日 11:01
日時: 2005年02月01日 11:01
全然間違いじゃないですよ。垣根を作る方が間違ってると思う。私には全盲や弱視の友人も何人かいるけれど、「普通のサイト」なら問題なく読めると皆言ってます。ただ、ビルダーをはじめとするホームページ作成ソフトに余計な機能が付きすぎた結果、その「普通のサイト」を作るのが難しくなっちゃったような気がします。
投稿者: リゾ~ | 2005年02月05日 22:12
日時: 2005年02月05日 22:12
コメントありがとうございます。「障碍者」とか「高齢者」とかという言葉を持ち出して、垣根を作るのがイヤなんですよ。
ホームページ・ビルダーは、余分な機能がつきすぎと言うよりも、「普通のサイト」を作れなくしているのは「どこでも配置モード」に起因していますね。V2001に、ページ編集とソース編集の同時表示ができるだけのがいいのですけどもね。
投稿者: FUMING | 2005年02月06日 16:22
日時: 2005年02月06日 16:22